「薬師寺」姓を持つ実在の著名人の歩みと、その名の由来である奈良・薬師寺の 戦後復興史(写経勧進による白鳳伽藍の再建)を一本の年表にまとめました。 会員の皆様のご家族に伝わる年表も、今後ここに重ねていければと思います。
この年表はここを起点としています。奈良・薬師寺も戦中戦後の混乱の中で、伽藍の多くが失われたまま長く再建がかなわない時期が続きました。
ジャーナリスト・政治学者。岡山県生まれ。朝日新聞社で政治部記者となり首相官邸・外務省を担当。政治部長、月刊『論座』編集長を歴任し、2011年より東洋大学社会学部教授(2025年名誉教授)。
俳優・声優。大阪府出身。「舞妓Haaaan!!!」「あまちゃん」など映画・ドラマ多数に出演し、浪速弁の方言指導者としても活動。
医師・元参議院議員(愛知選挙区)。東京女子医科大学卒。耳鼻咽喉科医、産業医としての顔も持ち、国会では手話や聴覚障害、依存症対策などに取り組みました。
「話の面白いお坊さん」として親しまれた高田好胤が薬師寺管主・法相宗管長に就任。荒廃した白鳳伽藍の再建を悲願とし、百万巻の写経勧進による復興事業に着手します。
金堂復興を目指した百万巻写経勧進が始まります。
元プロボクサー、タレント・俳優。大分県出身。享栄高校時代からボクシングを始め、1987年プロデビュー。
東京都出身。「もうひとつの原宿物語」主演をきっかけに、1990年に歌手デビューした元アイドル。
写経勧進から8年、白鳳伽藍復興の第一歩となる金堂が落慶。焼失していた本尊・薬師三尊像の安置場所が、ついに当時の姿に近い形で蘇りました。
国宝・東塔と対をなす西塔が453年ぶりに再建。併せてこの年、中国・南京で発見された玄奘三蔵の頂骨の一部が全日本仏教会から分骨されました。
南大門から続く中門が再建され、白鳳伽藍の全体像がさらに整っていきます。
法相宗の始祖・玄奘三蔵(『西遊記』三蔵法師のモデル)の遺徳を顕彰する玄奘三蔵院伽藍が建立。平山郁夫画伯による「大唐西域壁画」も、この伽藍に約20年かけて奉納されました。
12月23日、王者・辺丁一(韓国)に12回判定勝ちし世界王座を奪取。以後4度の防衛に成功し、日本人初の団体内王座統一戦勝利も記録しました。
金堂・西塔・中門を囲む回廊も、部分的に再建が進みます。
11月16日、ボクシング界を引退。プロ戦績28戦24勝(16KO)3敗1分。引退後は俳優・ボクシング解説者として活動し、2007年には自身の名を冠したボクシングジムを名古屋に開設。
6月22日、伽藍復興に生涯を捧げた高田好胤が74歳で入寂。同年12月には、薬師寺を含む8資産からなる「古都奈良の文化財」がユネスコ世界文化遺産に登録されました。
正面41メートル、伽藍最大の建造物である大講堂が落慶。弥勒三尊像や、日本最古の国宝・仏足石が安置されています。
創建(730年ごろ)以来1300年近く残る唯一の建物、国宝・東塔。「凍れる音楽」と評されるこの塔の、史上初となる全解体修理が始まりました。
第23回参議院議員通常選挙・愛知選挙区で初当選。以後6年間の任期で307回、95時間を超える国会質疑を行い、聴覚障害者支援やデフリンピック招致にも関わりました。
田渕俊夫画伯による壁画「仏教伝来の道と薬師寺」を伴う食堂が落慶し、白鳳伽藍の主要な建物がほぼ出そろいました。
約10年に及んだ東塔の解体修理が完了。記念法要は新型コロナウイルスの影響で規模を縮小しながらも執り行われ、1300年の祈りを受け継ぐ姿が再び公開されました。
1月9日、慶應義塾大学名誉教授で国際政治学者の薬師寺泰蔵氏が81歳で逝去。1944年奈良県生まれ、テクノロジーと国際政治の関係を論じた「テクノヘゲモニー」などの著作で知られました。
世界中に散らばる「薬師寺」姓を持つ人々をつなぐ場として、このサイトが立ち上がりました。
女優・歌手の薬師丸ひろ子さん(1964年6月9日生まれ、東京都出身)は、名前の響きが近く しばしば話題に上りますが、本名は「薬師丸(やくしまる)博子」。私たち「薬師寺(やくしじ)」 とは漢字も読みも異なる、まったく別の姓です。とはいえ同じ「薬師」の字を持つご縁ということで、 番外編としてご紹介しました。
※ 著名人の生没年・経歴・戦績等はWikipedia等の公開情報をもとに作成しています。誤り等お気づきの点があればご連絡ください。